ある男性の話。
俺は、仕事で出張が多かった。
もうずいぶん前のことになるが、職場の後輩とある地方(地理的には南)のホテルに泊まったときのことだ。
チェックインして部屋に入ると、なんだか寒気がした。
風邪を引いたわけでも、室温が低かったわけでもない。
直感的に何かを感じたのだ。
「不気味だな。」
独り言をつぶやいた。
何がどう嫌で、どう不気味なのかは説明できない。
でもあえて言えば、その部屋の中にいると、誰かに見られているような感じがしたのだ。
霊感が強いわけでもないのに感じた嫌な感覚。
そこで、部屋を調べてみることにした。
調べてみて、何もなければ安心できる。
トイレ、風呂場、冷蔵庫と、いろいろ見て回ったが異常はない。
気のせいだったかな。
最後にクローゼットを開けて、一通りのチェックは終了だ。
クローゼットを開けると、そこには何もないはずだった。
でも、中には男の生首入っていた。
そして、こちらを凝視していたのだ。
うす暗い中から、じっとこちらを見ている。
俺はあまりのことに言葉を失い、その場に尻餅をついてしまった。
生首は目だけ動かして、相変わらず俺を見ている。
あまりのことに思考が止まっていた俺だったが、声にならないような声で悲鳴を上げながら部屋を飛び出した。
すぐに後輩の部屋に駆け込み、事情を説明する。
後輩は最初は半信半疑といった感じだったが、俺のおびえた様子を見てなのか、部屋に一緒に来てくれることになった。
部屋に戻ると、クローゼットは開けっ放しのままだったが、中の生首は消えていた。
後輩は笑っている。
「○○さん、怖かったから幻でも見ていたんじゃないですか?」
後輩の言うように、あの生首は幻だったのだろうか。
ちょっと自信を失いかけたそのとき、後輩があるものを発見した。
古いお札だ。
クローゼットの天井、よく調べなければ分からない位置に、お札が1枚貼ってあったのだ。
俺はそれを見て、恐怖に震えた。
後輩も、ここへきてようやく俺の話を信じてくれたようだった。
やはり、この部屋には何かあるんだ。
急いでフロントに出向き、部屋を替えてくれるよう掛け合った。
若いスタッフでは話にならず、責任者を呼んでもらった。
奥から出てきた人物に、俺はもう一度事情を説明した。
すると、案外あっさりと部屋を変更してくれた。
別の部屋の鍵を渡してくれるときに、責任者らしき人物はさりげなく釘を刺してきた。
このことは人に言わないでほしいといったことだった。
それを聞いて確信した。
きっとあの部屋には、何かしらのいわくがあるのだと。
移動した部屋では何事もなく過ごせたが、改めて思ったことがある。
ホテルには毎日大勢の人間が来て、寝食していくのだ。
そんな場所なら、ときには負の念が強い人だって泊まっていくだろう。
そして、時間をかけてゆっくりと、念が溜まっていっても、不思議ではないのかもしれない。