男性から聞いた話。
数年前。
とある温泉旅館に泊まったときの話だ。
一人旅が好きな俺は、そのときも一人だった。
旅先は、良い街だった。
旅館のサービスも良かった。
温泉も申し分なく、満足のいく旅になりそうだった。
夜になり、敷かれた布団に横になると、いつの間にか眠ってしまっていた。
旅の疲れが出たのかもしれない。
・・・・どれくらい眠っただろうか。
ふと目が覚めた。
すぐに、もう一度眠ろうと寝返りを打つ。
だが、一向に眠れない。
何度も寝返りを繰り返して考えた。
「この際、このまま起きてしまおうか。」
時計を見ると、深夜の1時だ。
長時間眠ったと思っていたが、2時間しか経っていなかったようだ。
立ち上がり、部屋の電気をつけた。
そのときに、俺は違和感を覚えた。
言葉にしにくい違和感だった。
部屋は先ほどと変わらないと思う。
でも、どこか様子がおかしい気がした。
寝ぼけているのだろうか。
ふと喉の渇きに気が付いた。
確か、廊下の先に自動販売機があったはずだ。
部屋を出て廊下を歩いてみると、先ほどから感じていた違和感がさらに強まった。
まず、歩けど歩けど自販機にたどり着かないのだ。
それに、廊下の電気が暗いのも気になった。
自販機を探しながら、さらに歩き続けると、旅館の受付まで来てしまった。
受付には誰もいない。
電気もすべて消えている。
人の気配もない。
従業員も眠ってしまったのだろうか。
とにかく、自販機を探そう。
暗い玄関口で、自販機を探していると、後ろから声がした。
振り返ってみると、10歳くらいの男の子が立っていた。
びっくりしたような顔でこちらを見ている。
俺は人を見たことで少し安心した。
でも、こんな深夜に子供が何しているのだろうか。
俺が話しかける前に、男の子が話しかけてきた。
「お兄ちゃん。こんなところで何してるの?」
「え?のどが渇いたから、ジュースを買おうと思って・・・」
男の子は、俺が話し終わらないうちに、会話を被せるように質問してきた。
「そういう意味じゃないよ。なんで、こんな場所に来たのかってこと!」
何を言っているのか分からない。
「あのね、俺は今、自動販売機探してるんだよ。」
「違う違う。お兄ちゃんは、ここに来てはいけない人だよ。早く戻って!」
言っている意味が分からない。
旅行に来てはいけないという意味だろうか。
男の子は尚も続ける。
「ねえ、ボク以外の者にまだ会ってない?」
「・・・え?どういう意味?起きてからって意味? それなら、会ったのはキミが初めてだよ。」
「良かった。じゃあ、すぐに戻って。そうしないと、もう2度と戻れなくなるから。」
男の子の言っている意味が分からない。
でも、俺はこの言葉を聞いて、不気味なものを感じ始めていた。
続き→温泉旅館の異界