ある男性から聞いた話。
当時の俺は、24歳。
バイトで生計を立てていた。
そして、2歳下の彼女と付き合っていた。
ある日のこと。
その日は、ラッキーを感じながら家に帰った。
突然、バイトを3時間以上も早く上がることになったのだ。
自宅アパート前に着くと、彼女が俺の部屋の前で待っていた。
突然来るなんて珍しい。
前もって一言連絡してくれればいいのに。
「おう、どうしたー?」
「あ、おかえり。今日、ゆうちゃんと一緒に行きたいところがあって。」
俺と行きたいところ。
どこだろう?
まあ、今日はバイトがなくなったせいで、時間はたっぷりある。
「いいよ。どこ行きたいの?」
ということで、急遽二人で出かけることとなった。
彼女は行き先について教えてくれない。
「着いてからのお楽しみ」なのだという。
ふーん、ま、いっか。
どうせ暇だったし。
俺たちは、電車を乗り継いでだいぶ遠くまで来ていた。
こんなところに何があるのやら。
電車を降りると、山のほうに向かって彼女は歩き出す。
よくわからない土地のよく分からない山。
少し不安になってくる。
「おいおい、ホント、どこまで行くんだよ?行き先くらい教えてよ。」
そう尋ねても、彼女ははぐらかすばかり。
「だーめ。すっごく良い場所なの!ゆうちゃんも、絶対喜ぶからそれまで楽しみにしていて。」
うーん、そこまで言われると、こちらも楽しみにしていたほうが良いのだろう。
こうなれば、黙ってついていくしかない。
山道に入ろうかというところまできたとき、俺は無性にションベンに行きたくなってしまった。
周りにトイレはなさそうだった。
まあ、いいや。
立ちションをしてしまえ。
こういうとき、男は楽で良い。
「悪い、俺ちっとションベン!」
彼女に声をかけると、俺は茂みの奥へ向かった。
・・・・・・・・フー。
大量のションベンを放出し、一息つく。
そのとき、俺の携帯が鳴った。
ポケットから携帯を取り出し、液晶を見てみると、そこには彼女の名前が。
ん?
長い時間待たせたつもりはないけど、待ちきれずに電話してきたのだろうか。
俺は通話ボタンを押して、電話に出た。
「もしもし、どうした?」
「あ、ゆうちゃん?・・・あれ?やけに静かだけど、そこどこ?」
何をわけの分からんことを言っているんだ。
「ここ?ここは、どこぞの茂みだ。すぐそっち戻るから。」
俺が通話を切ろうとすると、受話器から彼女のおかしな言葉が聞こえてくる。
「え?今から、うち来るの?」
おいおい、意味が分からないぞ。
「あのな。お前が連れて行きたいところあるって言うから、こんな遠くまで来てるのに、意味分からないこと言ってからかうのはやめてくれ。」
少し腹の立った俺は、強めの口調で言った。
彼女は、すっとんきょうな声を出す。
「えー?なに言ってるの?私、ゆうちゃんのこと連れて行きたい場所なんてないよ。」
どういうことだ?
俺はその通話を切らないまま、さきほど彼女を待たせていたはずの山道へと戻ってみた。
誰もいない。
彼女の姿はない。
どういうことだ。
携帯からは彼女の声。
「もしもし、ゆうちゃん?もしもしー?」
さっきまで一緒にいたはずの彼女。
でも携帯で話している彼女は、俺をどこかに連れて行こうとはしていないという。
「もしもし、あのさ。お前、今どこにいるんだ?」
「え?私は家だよ。」
今通話中の彼女は、自分の家にいるという。
ここは、いったいどこだ?
なんで、こんな山道に連れてこられたんだ?
俺は誰を信じたらいいんだ・・・・?
その瞬間、あることに気がつき、全身にゾッとするものを感じた。
そいえば、さっきまで一緒にいた彼女は、なんで俺がバイトを早くあがれたことを知っていたんだ?
バイトの早上がりのことは、誰にも言っていないのに。
俺は、3時間以上早く帰って来たんだ。
本来その時間は俺がバイト中だと知っている彼女が、部屋の前で待っているなんて不自然ではないだろうか。
そこまで考えたとき、俺の後ろで声がした。
「ゆうちゃーん、どこまでおしっこに行ってたの?早く行こう!」
俺の後ろには、にこやかな笑顔を浮かべた彼女がいた。
自然な笑顔なのだが、俺にはとてつもなく怖い笑顔に感じた。
おそらく、本物の彼女は今通話中の彼女だろう・・・・
こいつ、誰なんだよ・・・・・?
俺は気が狂いそうな恐怖を感じて、目の前にいる女を無視して走り出した。
こいつは、姿形は彼女だけど、きっと人間じゃない。
こいつについて行ったら、きっと俺は殺されるだろう・・・・
もう、無我夢中で走った。
怖くて怖くて、パニック寸前だった・・・・
・・・・・・・・・気がつくと、俺は先ほどの名前の知らない駅にいた。
心臓は破裂しそうなくらいせわしなく活動し、肺もこれ以上酷使させたら破れてしまうのではないかと思った。
そこは、田舎の駅だった。
人は少なかったけれど、歩いている人の姿を見てどれだけ安心できたことか。
俺は泣きそうになりながら、自分の住んでいる駅に向かって電車に乗った。
・・・・・・・・自宅に帰り着き、本物の彼女に電話し、事情を説明すると絶句していた。
こんな洒落にならないような怪談を、にわかには信じられないようだった。
そう、俺が体験したことはまさに「怪談」そのものだった。
あの日以来、俺は少しだけ人間不信になってしまった。
今目の前にいる人間が、本当に自分の愛する人なのか・・・・?
それは、偽りの恋人や家族ではないのだろうか・・・・?
そう思わずにはいられないのだ。