仮に加藤さんとしておこう。
加藤さんは、一人旅の途中でとあるホテルに泊まった。
案内されたのは、4階の部屋だった。
安いホテルだったため、それほど綺麗ではなかったが、貧乏旅行には十分な部屋だと思えた。
ホテルに荷物を置くと、その日は観光を楽しんだ。
観光疲れとでも言うのだろうか。
ホテルに戻ってきたときにはクタクタで、ベッドに入るとすぐに眠りについてしまった。
コンコン
コンコン
・・・・・・真夜中、ふと目が覚めた。
何か物音が聞こえた気がする。
コンコン
部屋を見渡した。
電気をつけたまま眠っていたようだ。
音の正体も分かった。
どうやら、誰かが部屋の窓を叩いているのだ。
なぜ部屋の窓を叩かれているのかは分からない。
だが、呼ばれるままに窓のそばに行ってみた。
窓の外は、ベランダのようになっていて、人が立つスペースがある。
そこに、1人の女が立っているではないか。
女は、泣きじゃくっていた。
加藤さんが、真っ先に感じたのは恐怖だった。
知らない女が部屋の外で泣きじゃくっていれば、怖さを感じても無理はないだろう。
抵抗があり窓は開けなかったが、何があったのかと理由を尋ねる。
「どうしたんですか?」
女は返事をした。
「私は隣の部屋に泊まっている者です。ベランダから外の景色を眺めていたら、窓が開かなくなってしまいました。もう1時間以上、外にいます・・・どうか、部屋の中に入れてもらえませんか?」
隣に泊まっている人だったようだ。
話に不自然な点は見当たらない。
きっと、ずっと困っていたのだろう。
頭では納得できた。
でも、加藤さんは窓を開けるのをためらった。
最初に感じた恐怖があるからだろうか。
理由は分からないが、ためらいがあった。
この女性を、部屋に招きいれていいものだろうか。
少し迷った末、フロントへ電話することにした。
その女性を助けるには、自分が部屋に入れるよりも、ホテルの人間に任せるのが一番だろうと判断したのだ。
・・・・・・・・フロントは、なかなか電話に出てくれなかった。
十数回コールが鳴ったところで、やっと電話が通じた。
加藤さんが、フロントのスタッフに事情を説明した。
「少々お待ちください。確認してまいります。」
少し待つと、スタッフはこう言った。
「お待たせしました。お客様のお部屋は、4××号室でございますね。その両隣のお部屋は、本日使用されておりません。」
その瞬間、加藤さんの全身が冷たくなった・・・・
あわてて、ベランダを見ると、そこには誰もいなかった。
フロントの電話を切り、もう一度入念に調べてみたが、ベランダには誰もいない。
あの女は、いったい何者だったのだろうか。
もしも、あのまま部屋に招き入れてしまっていたら、加藤さんはどうなっていたのだろうか。