その男性は現在、30代。
彼が中学生だった時のこと。
彼は、野球部に所属していた。
部活の帰りは、いつも5時を過ぎてしまう。
田舎だったため、中学校から自宅までの距離があった。
片道、自転車でも30分以上はかかってしまう。
その日も、日が暮れかけてから帰路についた。
しばらく自転車をこいでいると、とあるアパートの一室の窓から人の手突き出ているのが見えた。
見るからにボロボロのアパートだった。
「こんな場所に人が住んでいるのか?」と思えてしまうくらいだ。
彼はなんとなく、その手をじっと見てしまった。
すると、手の主は彼の視線に気が付いたのか、彼に向って「おいで、おいで」のジャスチャーをしてきた。
無視しようかと思ったものの、なんとなくそのアパートに近づいた。
なぜ近づいたのかと言われても、わからない。
たんなる好奇心としか言えない。
アパートの前まで行くと自転車を停めた。
そして、手の部屋の窓に近づいた。
窓に近づいてみて、彼は絶句した。
その窓は、閉まっていたのだ。
閉まっている窓から、人の手が突き出ているのだ。
まだ「おいで、おいで」をしている。
彼はそれに気が付いた瞬間、全身から嫌な汗がどっと噴出した。
そして、無我夢中で逃げ出した。
どうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。
もう二度とそのアパートには近づかないと決めた。
次の日から、少し遠回りしてでもその道は通らないようにした。
大人になった今、彼は言っていた。
「あれは、今でも不思議なんです。霊だったのか。それとも、手じゃないモノを手だと見間違えてしまったのか・・・恐怖心からくる錯覚というんでしょうか。うーん、でも。恐怖心からの見間違いとは思えないんですよね。というのも、僕は窓が閉まっていることに気が付くまでは全く怖くなかったんですから。」