20代の男性から聞いた話。
俺はこの世界で前向きに生きようと思っている。
この話をすると、きっと頭がおかしい奴だと思われる。
いいや、本当に俺の頭がおかしいのかもしれない。
正直なところ分からないんだ。
だから、家族以外の他人に話したことがないし、これからも話す気はない。
今から3年ほど前だった。
俺は、デパートのバイトの面接に来ていた。
デパートのバイトと言えば、みんなが憧れる職業だ。
かっこいい男の仕事は、デパート店員と決まっている。
ほら、すでに頭がおかしいと思うだろう。
笑えるよな。
俺は今でも、デパートの店員は最高にかっこいいと思ってるんだから。
話を戻すが、俺はバイトの面接でとある大手のデパートに来ていたんだ。
エレベーター前のベンチで待たされること、かれこれ20分。
面接をしてくれる人はなかなか来ない。
隣には大学生くらいの男性が、やはり長いことベンチに座っている。
この男性もきっと面接に来たのだろう。
俺は手持ち無沙汰のままキョロキョロとあたりを見回した。
俺の視線は、小さな扉で止まった。
大人一人がかかんで、ようやく通れるくらいの扉だった。
大手のデパート内にあるとは思えないほど、陰気臭い扉だった。
いまにも朽ちそうな木でできた扉だ。
「あの扉、気になりますよね?」
俺の視線が扉に釘づけになっていることに気が付いたのだろう。
隣にいる大学生くらいの男性が話しかけてきた。
「うん。なんですかね?」
見れば見るほどおかしな扉だった。
明らかにデパートの雰囲気にそぐわない。
男性はイタズラッ子のような目をこちらに向けた。
「中、見てみましょうか?」
俺は返事に困る。
中は見てみたい。
だが俺は面接に来ているのだ。
勝手な行動をとって面接に落とされるのは御免だ。
なにせ、デパートの仕事は例えバイトでも敷居が高い。
選ばれた者だけが就くことができる職業なのだ。
俺が返事に困っていると、その男性は扉に近づきドアノブに手をかける。
そして扉を開けた。
埃っぽい臭いが俺のところまで届いてきた。
中は暗くてよく見えなかった。
その男性はスッと中に入ってしまった。
扉は自然にゆっくりと閉まった。
俺は中の様子が気になり、聞き耳を立てる。
男性が中の情報を教えてくれるような気がしたのだ。
30秒ほど経過しただろうか。
中から先ほどの男性の声がした。
「あ、これが履歴書です。よろしくお願いします。僕以外にももう一人面接に来ているようですが、入って来ませんね?」
え。
バイトの面接はこの中で行われるのだろうか。
もしも面接がこの中で行われるのなら、すぐに中へ入った方が良さそうだ。
だが、俺は少しだけ躊躇した。
こんな場所で面接が行われるだろうか?という疑問が少なからずあったのだ。
俺が悩んでいると、扉の中からまた声が聞こえた。
先ほどの男性の声だ。
「入ってこないようですね。じゃあ、僕だけ合格ですよね?」
その声を聞いて、俺の中で迷いが消えた。
すぐに立ち上がり、その小さな扉を開けると、かがんで中に入った。
思っていた以上に中は暗かった。
後ろの扉が閉まると、完全な闇だった。
そしてとても埃臭くてむせそうになる。
俺は咳を我慢しながら、手探りでバッグから履歴書を取り出した。
「●時からのアルバイトの面接に来ました××です。」
・・・・返事はない。
「あの、アルバイトの面接に来ました××です。担当の方はいらっしゃいますでしょうか?」
やはり返事はない。
真っ暗闇が正直言って怖かった。
一度、先ほどの明るい場所に戻ろうと思った。
そもそもとして、小さな扉の中に入れという指示は受けていないのだ。
俺はさっきの場所に戻ろうとして、手探りで小さな扉を探した。
だが、一向に扉は見つからない。
どんなに探しても扉がないのだ。
扉どころか、壁すらない。
あるのは暗闇だけだった。
俺はその時になって、恐怖を感じ始めていた。
ない、扉がない。
心は冷静ではなくなってくる。
暗闇で腕を大きく動かしながら、壁を探した。
でも、腕は虚しく空を切るだけだ。
そうだ。
暗いから怖いのだ。
明かりさえあればきっとすぐに扉は見つけられるはずだ。
そう思い、俺は携帯電話を取り出して明かりをつけようとした。
だが明かりがつかない。
くそ。
何度ボタンを押しても、明かりがつかない。
理由は分からない。
そのときの俺の携帯電話は少し壊れかけていて、2~3日に1度まったく反応しないときがあった。
運悪く、その不調がこのタイミングで出てしまったらしい。
俺は携帯を修理に出さなかったことを激しく悔やんだ。
くそ、点け、点け。
だが何度試しても携帯は反応してくれなかった。
俺はへたへたと床に座り込んだ。
泣きたかったが、まだどこかで他人の目を気にしていたのだろうと思う。
ここで泣くわけにはいかないのだと涙は我慢していた。
突然面接官が現れる可能性も捨てきれないのだ。
だが、誰も現れることなく時間はどんどん経過していく。
腕時計もしていない上に、携帯も反応してくれない。
この中に入ってからどれくらいの時間が経ったのかわからない。
目を開けていても閉じていても変わらない暗さ。
俺は自然と目を閉じていたのだろう。
・・・・気が付いたら、ベッドの上だった。
良かった。
あれは夢だったのだ。
そう思った。
だが、目が覚めた場所は俺の知らない場所だった。
知らない部屋。
生活感のある男の部屋だった。
どこか懐かしさを感じる男の部屋だった。
お世辞にも綺麗とは言えない部屋。
その部屋のベッドに、俺は一人で眠っていたのだ。
意味がわからない。
これはまだ眠りから覚めておらず、夢の続きを見ているのかと思ったほどだ。
夢から覚めるのを待ってみたが、覚めるわけがない。
これがきっと現実なのだ。
・・・起きてみることにした。
起き上がってみて気が付いたのだが、俺は見慣れないパジャマを着ていた。
ちょっとだけ小汚く、微妙に丈のあっていないパジャマだった。
ベッドから抜け出すと部屋を出てみた。
部屋を出るとそこは、フローリングの床の廊下だった。
やはり知らない場所。
どこかの民家らしい。
俺はとりあえず目についた部屋の扉を開けてみることにした。
続き→異世界につながる扉 後編