佐藤さんは、大学を卒業して食品会社で働き始めた。
このご時勢、4流大学を卒業して、ちゃんと就職できるだけでもありがたい。
さらに、その会社は寮まで用意してくれていた。
寮といっても、綺麗とは言えないアパートではあったが、タダ同然で住まわせてもらえるのだから文句はない。
佐藤さんに用意されたのは、アパートの1階の角部屋だった。
もう1年ほど誰も住んでいないということだ。
中は、ホコリとクモの巣だらけで掃除は大変だった。
そして、気になったのは柱に貼り付けられた1枚のお札だ。
この部屋は、なにかいわくつきの物件なのだろうか・・・・
そんな風に勘ぐってしまう。
また、佐藤さんはさらに気なることがあった。
雑巾がけをしているときに、そのお札が剥がれてしまったことだ。
すぐに、貼りなおそうとしたが、もう柱にくっ付いてくれない。
セロハンテープで強引にもう一度貼り付けたのだが、お札の効力が続いているのかが心配だった。
ただ、そんなことを忘れてしまうくらい、仕事はハードだ。
毎日毎日、帰ってくるのは終電間際。
はっきり言って、幽霊や祟りなんかを気にして入られなかった・・・
だが・・・・
その日も、佐藤さんは仕事から帰ってくると、食事もそこそこにすぐに眠ってしまった。
疲れているので、眠りは深くなるはずだった。
夜中にある音で目が覚めた。
ギシ
ギシ
なにやら音がする。
目を開けてみると、どうやら上の階の人が音が鳴るようなことをしているようだった。
時計を見ると、2時半だ。
勘弁してくれよ。
佐藤さんは、もう一度目を閉じた。
・・・・・・・・それからというもの、毎晩のように午前2時半になると音が聞こえた。
ギシ
ギシ
その度に眠りを妨げられる佐藤さんは、怒りが蓄積していってた。
しまいには爆発した。
毎晩毎晩、上の階の人は何してるんだ。
佐藤さんは、自分の部屋を出ると自分の真上の階の部屋を訪ねた。
ピンポーン
インターホンを鳴らしても誰も出てこない。
ピンポーン
もう一度。
しばらくすると、ドアからは眠たそうな顔の中年男性が顔を出した。
「あのすみません。下の階の佐藤です。毎晩毎晩、うるさくて眠れないのですが。音たてるのどうにかしてもらえませんか?」
「・・・・・おたく、なに言ってんの?俺は、今も眠ってたんだから、音なんてたてるわけないだろ・・・・・ああ、あんた101号室の人か。あの部屋に住むんなら、音くらい我慢しろよ。」
そう言うと、中年男性は迷惑そうな顔でドアを閉めた。
どういうことだろうか。
「あの部屋に住むんなら、音くらい我慢しろよ。」だと?
それどういう意味なのだろう。
その言葉の意味は、1週間後に理解できた。
毎晩毎晩続く謎の音。
ギシ
ギシ
音に腹を立てた佐藤さんは、原因究明のためにいろいろ調べたのだ。
夜2時半。
ギシ
ギシ
音が鳴り出すと、その音の鳴っている真下に行ってみた。
どうやら、キッチンの天井からその音が聞こえる。
佐藤さんは、キッチンの天井を棒でコツコツと叩いてみた。
ネズミの可能性を考えたのだ。
何度も何度も、棒で叩いた。
すると、突然。
音がぴたりと鳴り止んだ。
やっぱりネズミだったか?
そう思ったそのとき。
天井から、白目を剥いた男がヌッと顔を出したのだ。
突然のことに佐藤さんは、腰を抜かしそうになった。
白目を剥いた男は、天井から逆さに吊られたような状態で、ブラーン、ブラーンと、体を揺らしている。
その度に、天井が
ギシ
ギシ
と音を立てた。
佐藤さんは、恐怖のあまり、しばらく言葉を失っていた。
気がついたときには、部屋を裸足のまま飛び出していた。
その夜は、部屋には帰らず、近所の公園で野宿をしたのだった。
その間も、ずっと恐怖心は消えなかった。
・・・・・・・・・・・・その後分かったことなのだが、佐藤さんの住んでいたその部屋は、会社では有名な「出る部屋」だったそうだ。
そんな部屋を、説明なく押し付けてくる会社に疑問を抱き、その後会社を辞めることにした。
今は、居酒屋で雇われ店長をしている佐藤さん。
それ以降、心霊体験はしていないそうだ。