昔の話。
幼稚園の年長のころだった。
その日の僕は、友達と一緒に遠くまで出かけていた。
家からかなり離れたところだ。
遠くまで行っても、何をするわけでもない。
車通りの少ない道で、道路にチョークで絵を描いて遊んでいた。
すると、知らないおじさんが話しかけてきた。
人の良さそうなおじさんだ。
僕たちは会話をした。
でも、おじさん。
僕らに、おかしなことばかり聞いてくる。
「どのあたりに住んでるの?」
「自分の家の住所わかる?」
「じゃあ、電話番号は?」
僕は警戒心の強い子供で、そういった類の質問だけははぐらかした。
そのまま会話を続けていると、おじさんは僕たちを自分の家に招待してくれると言い出した。
「おじさんの家に遊びにおいでよ。うちに来れば、君たちの欲しがっているシールがたくさんあるよ。」
当時の僕たちは、あるシールを夢中で集めていた。
警戒心の強かった僕も、シールの話をされると心が動いてしまう・・・
でも、駄目だ。
知らない人についていくのは危険だ。
友達は完全についていく気満々のようだった。
シールに釣られてしまっている。
僕は、強引に友達の手をとり言った。
「おい、そろそろ行くぞ。僕たちは、この後行くところがあっただろ。」
本当は、行くところなんてない。
だんだん、目の前のおじさんが危ない人に見えてきていたのだ。
僕の家は両親が厳しかった。
「知らない人には絶対についていくな」と、厳しく教育されていた。
僕たちがおじさんの家に行く気がないことがわかると、おじさんは酷くがっかりしたようだった。
でも、僕たちにこの後の予定がないことには気づいていたのだろう。
おじさんは言った。
「じゃあ、少しここで待っていて。いい物を持ってきてあげるから。」
そして、自分の車を停めてあるだろう駐車場の中に消えていった。
僕はなんだか嫌な予感がした。
だから、友達にシーっと声を出さないようジェスチャーで伝えると、おじさんの後をこっそりつけた。
すると、おじさんは駐車場に入り、車のトランクからスパナを取り出した。
そして、スパナをズボンに隠すと、さっき僕たちがいた場所へ向かって歩き出した。
それを見た僕は、おしっこを漏らしそうなくらい怖くなった。
おじさんは、僕たちが駐車場の車の陰に隠れているだなんて知らない。
だから、こっそりと逃げ出すことができた。
もう、物音を立てぬよう細心の注意を払いながら逃げ出したんだ。
もしも、あのとき。
おじさんに付いて行っていたら・・・・
もしも、あのとき。
おじさんの「待ってて」の言葉を信じて、その場所を動かずに待っていたら・・・・
そう考えると、ぞっとする。