これは管理人が聞いた話。
その人をAさんとしておこう。
Aさんは、学生時代にレストランでバイトしていた。
こじんまりしたレストランだった。
その店は普段、ディナータイムを4人の店員で回している。
ウエイター(ウエイトレス)が二人、コックが二人。
閉店が23時。
その後、1~2時間ほど閉店作業がある。
終電がある人は、閉店作業の途中でも帰ることがあった。
その日、Aさんはディナータイムの時間帯に入った。
24時を過ぎて残っていたのは、Aさんとコックの男性(仮にBさんとしておこう)だけだった。
閉店作業もだいたい終わった時だった。
突然。
コックのBさんが、小さな悲鳴をあげた。
「ううわっ・・・・」
声にならないような声だったが、狭い店内では目立つ。
最初、ゴキブリでも踏んだのかと思った。
レストランであるまじきことかもしれないが、その店はゴキブリのよく出る店だったのだ。
Aさんは、コックのBさんを見た。
そして、固まってしまった。
なんと、床から人間のものと思われる手が出ていて、Bさんの足首を掴んでいたのだ。
目の錯覚だと思った。
そして、真っ先に恐怖を感じたはずなのに、AさんはコックのBさんに近づいていった。
近づいた理由はよく分からない。
Aさんが近づいていくと、その「手」はスルスルと床に引っ込んで消えてしまった。
もちろん、床に穴など開いていない。
「な、なんすか、今の?」
思わず尋ねるAさん。
コックのBさんは、顔面蒼白で小刻みに震えている、
「さ、さあな。な、何か見えたのか?」
明らかに動揺しながら、何事もないように振る舞おうとしているように見えた。
Aさんには「色々心当たりがあるが言ってはならないことだ」という風に感じ取れた。
もちろん、これはAさんが勝手に感じたことだから、真実であるかどうかは分からない。
Bさんは、過呼吸のように息が荒くなっていたが、それでも平然を装おうとしているように見えた。
閉店作業も終わり、二人はそのまま帰宅した。
次の日も、Aさんはバイトに入っていた。
夕方になりバイトに行ってみると、店長がカンカンに怒っていた。
何かあったのかと聞いてみると、コックのBさんが無断欠勤しているらしい。
連絡も取れないそうだ。
お蔭で、ランチタイムが地獄だったのだとか。
ランチタイムは、それでなくとも人手が足りていないのだ。
Aさんもランチタイムに入ったことがあるから知っている。
スタッフが揃っていても、かなり忙しい。
終わった後はクタクタになってしまうくらいだ。
コックが一人が来てないなら、さぞ大変だったろうなと思えた。
Bさんは20代後半で正社員として働いていた。
今まで無断で休んだことなど1度もなかった。
仕事も真面目だった。
少なくとも、無責任な男には見えなかった。
Aさんは思ってしまった。
もしかすると、昨日の心霊現象(?)と何か関係があるのではないかと。
Bさんは、その後も一切連絡が取れなくなってしまったそうだ。
その後のことはAさんも詳しく知らないそうだが、噂では完全に失踪してしまったのだとか。
忽然と消えてしまったという噂があったのだ。
深層は闇の中。
あの日見た床から突き出た「手」は、何だったのだろうか。
Aさんの見間違いではなかったのか。
いいや、コックのBさんの態度は明らかにおかしかった。
「Bさんは、何かを隠していたに違いない」と、今でもときどき思い出す。
Aさんはしみじみ言っていた。
「世の中には、不思議なことってあるのかもしれません。」