タクシーの怖い話 あの世との境界線

あれは私が高校生だった頃のこと。

部活で帰りが遅くなってしまった。

辺りはもう真っ暗。

駅から自宅までは、歩いて1時間半の道のりだ。

普段は自転車を使っているのだが、今日は朝行くとき母が車で送ってくれた。

だから、帰りは歩かねばならなかった。

田舎道なので街灯もほとんどない。

真っ暗だ。

さすがに、女子高生が一人で歩くには危険すぎる。

母に迎えに来てもらおうと、携帯で自宅に電話した。

電話口で、母は行くことができないと言っている。

なんでもパート先のトラブルでちょうど今呼び出されてしまったそうだ。

父が車の免許を持っていないため、母しか車で迎えに来てくれないのだ。

母は、お金出してあげるからタクシーで帰ってきなさいと、言ってくれた。

だが、問題点もあった。

駅前と言っても、住宅街でも繁華街でもない寂れた田舎の駅だ。

タクシーはなかなか捕まらない。

ふと見ると、運の良いことに一台のタクシーが停まっていた。

ラッキーとばかりに、そのタクシーに乗り込み、自宅の住所を伝えた。

タクシーが走り出すと、部活の疲れからか、すぐに夢の世界へと落ちていった。

・・・ふと目を覚ました。

とても長い時間寝てしまったように思えた。

まだ着かないのかな。

タクシーの窓から見える外は、山道のようだった。

真っ暗でよく見えないが、山だということは分かった。

砂利の上を走っているのか、ガタガタという振動が体に伝わってくる。

駅から自宅の間にこんな道はないはずだ。

運転手さんが道を間違えてしまったのだと、直感的に思った。

「あの、すみません。道、間違えてませんか?」

「・・・・・・・・・」

「あのっ。」

「・・・間違えていませんよ・・・ちゃんと、お連れしますから・・・・」

ボソボソとしてよく聞き取れない、陰気な声。

私は運転手の顔を覗き込もうとしたがよく見えない。

暗い靄みたいなものがかかっているように見える。

辺りが暗いせいなのか、寝起きで頭がぼーっとしているせいなのか。

私は怖くなってしまった。

とっさに携帯を取り出して、自宅に電話をしようとした。

だが、携帯は圏外だった。

不思議なことに、時間が進んでいない。

私がタクシーに乗ったであろう時間から、ほとんど経過していないのだ。

念のため、自宅に電話した時間を確認してみた。

すると、時間が経過していないどころか、タクシーに乗った時間そのものなのだ。

私は携帯の時計が壊れてしまったのだと思った。

「あの、運転手さん。今何時ですか?」

「・・・・・・・・・・」

「あのー。時間教えてください。」

返事はない。

益々、怖くなってしまった私は、体が震えだしてしまう。

「怯えていることを悟られてはダメだ」と思った。

だが、体の震えを止めることはできなかった。

ガタガタガタガタと、体が震える。

携帯で電波を何度も何度も確認する。

「お願い、電波入って!」

心の中で何度叫んだことか。

でも、その願いは一向に届く気配はない。

もう駄目だ、ここから逃げ出したい、と心は限界に達していた。

そして、なんとか平常を装った声を絞り出した。

「もう、停めてください。降ろしてください。」

「・・・・・・・・・・・」

やはり、返事はない。

携帯の時計が壊れてしまったこと、圏外で電波が届かないこと、何よりもその状況そのものが得体が知れなかった。

何が何だかわからない不安と言えばよいのだろうか。

自分が誘拐されているのか、変質者にさらわれているのか、よく分からない。

「降ろしてください・・・お願いです・・・降ろしてください・・・・」

もう、泣きながらお願いしていた。

怯えているのを相手に悟られてはダメだと分かっていたが我慢できなかったのだ。

運転手は相変わらず、こちらのことを無視している。

もう、いっそのこと車から飛び降りてしまおうか、などと私が考え始めたころ、運転手が何やらブツブツとつぶやきだした。

「・・・・・・・・・やっぱり・・・・・・・・・・すき・・・・・・すきになんて・・・・・・なっちゃ・・・・だめ・・・・なんだ・・・・・・・」

「あの、もうここで降ろしてください!」

「・・・・・やっぱり・・・・すきになっちゃ・・・・・だめだったんだ・・・・・・」

「ほんとに降ろしてくださいっ!」

「・・・・・あっちのせかいのこを・・・・・すきになっちゃ・・・・・だめだたんだ・・・・・」

「お願いです。お願いです。もう降ろしてください。」

私は泣き叫んでいた。

幾度となく、このやり取りを繰り返した。

最初のうちは、ブツブツ何を言っているのか分からなかった運転手の言葉も、何十回何百回と聞き続ければ、何を言っているのか分かってきた。

何を言っているのか分かっても、意味は分からなかった。

この人は完全に頭のおかしい人なんだと、それだけは理解できた。

とにかく誰かに助けてほしかった。

どれくらい「降ろしてほしい」と頼んだだろうか。

私の声は枯れてきていて、かすれている。

そして、運転手はやっとまともなことを言ってくれたのだ。

「・・・・・・わかったよ・・・・・もとのせかいに・・・・かえしてあげるよ・・・・・」

その言葉を聞いたとたんに、私は物凄い睡魔に襲われてしまった。

寝てはいけない、寝たら殺される、そう思ってもダメだった。

あっという間に、私は眠りに落ちていった。

・・・・・・・・・・・長い時間眠った気がする。

目を覚ますと、そこは自宅の真ん前だった。

私は自宅の真ん前で目を覚ましたのだ。

タクシーの中にいたはずなのに、地面で眠っていたようだ。

助かった!

私は急いで家の中に飛び込んだ。

驚いていたのは母親だった。

私が泣いていること、声がかれていることにも驚いていた。

そして何よりも母が驚いていたのは、私が家に帰ってきたのは、母と電話をした直後だったというのだ。

「あ、タクシー見つけた。今からタクシー乗るね。」

私が電話を切ってから30秒もしないうちに、家に帰ってきたというのだ。

そんなバカなと思うのだが、確かに携帯の履歴時間などから考えても、母の言っている通りだった。

私は、家の前にワープしていたのだ。

あのタクシーに乗っている時間は何だったのだろうか。

一体どれくらいあの中にいたのか分からないが、体感時間としては最低でも3~4時間はいたのではないかと思う。

眠っていたことを考えても、それくらいはいたと考えないとおかしいのだ。

それなのに、時計は全く進んでいなかったのだ。

どう考えてもおかしい。

おかしなところが多すぎた。

でも、当日に私が思ったことはただ1つだった。

生きて帰ってこられて本当に良かった、ということだ。

あれから何年も経った今も、あの出来事が何だったのか、さっぱりわからない。

でも、常識では考えられないことが起きていたことは確かだと思っている。

おかしな人だと思われたくないため、家族以外ほとんど人には言っていない。

もう2度と体験したくない恐ろしい出来事だった。

終わり

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