一人旅の悲劇 寝袋で眠っていたら襲われた

これはもう、10年以上前の話。

当時の俺は、趣味が全くない20歳の青年だった。

なにか人生の楽しみを見つけたいを思っていた。

そこで、一人旅を趣味にしようかと思い立つ。

寝袋を購入し、日本各地を回ろうと計画したのだ。

まず、記念すべき第一回目の旅行は、某S県に決定した。

理由は特にない。

大学の友達(大して仲良くない)が、その県出身だと言っていたのを思い出したのだ。

早速俺は、リュックと寝袋を担ぎ、その県に電車で向かった。

昼間はぶらぶらと観光し、夕方辺りから寝場所を探し始めた。

なにせ、野宿など生まれて初めてだったのだ。

なるべく人が少なく、暗すぎない場所を選びたかった。

さすがに、真っ暗闇は怖い。

小一時間ほど、うろうろしてみると、ちょうど屋根のついた場所があった。

そばに自販機の明かりがあるのも嬉しい。

人通りも少なく、今日見た中で一番の場所に思えた。

よし、今日はここに泊まろう。

そう、決めると夜飯を食べに出かけた。

夜飯も食べ終わり、公園のトイレで歯磨きも終えた。

さっき見つけた寝場所へと戻る。

その時間になると、人は全くと言っていいほど通っていない。

早速、寝袋を敷いた。

少し早いが就寝することにする。

旅の疲れからか、すぐに眠ってしまった。

どれくらい眠っただろうか。

遠くで、音が聞こえたような気がした。

カンカン

眠たかったが、目を開け辺りを見回した。

暗いせいか、寝起きで視力が低下しているからなのか、よく見えない。

俺は、手探りで懐中電灯を探した。

その間にも、音は聞こえる。

カンカン

しかも、確実に近づいてきていた。

さらに、聞こえるのは音だけではなくなってきていた。

なにやらブツブツと人が呟く声が聞こえてくるのだ。

何を言っているのか、よく分からない。

俺はやっとのことで、懐中電灯を見つけ出し、スイッチを入れ音のする方向に向けた。

・・・・・・そこに、人が立っていた。

50メートルくらい先だろうか。

おそらく男だ。

手には、棒のような物を持っている。

それが、金属バットだということに気が付くのは、十秒後のことだ。

ゆっくり、ゆっくり、フラフラするようにこちらに近づいてくる男。

俺は、何をされてしまうのだろうか。

体中が震え、どうすれば良いのか分からない。

できれば、寝袋の中に潜ってしまいたかった。

だが、それをやったら最後な気がして、ただただ動けずにいた。

男が20メートルくらいまで近づいてきたときだろうか。

俺は、勇気を振り絞って寝袋の外に出た。

そして、男に話しかけてみた。

「あのー?・・・・」

・・・・・・・

返事はない。

男は相変わらず、ブツブツ小声で呟きながら、こちらにヨタヨタと近づいてくる。

俺は、もう一度声をかけた。

「あのー・・すみません?」

すると、今度は男が顔を上げた。

そしてスピードを上げて近づいてきた。

今までゆっくり動いていたものだから、とんでもないスピードに感じた。

男は、高速でこちらに近づいてくると、腕を振り上げ金属バットを振りかぶる。

慌てて、俺は飛びのいた。

いいや、正確に言えばしりもちをついたような格好になった。

男は、渾身の力でバットを俺に向かって叩きつけてきたのだ。

何の躊躇もない。

俺がしりもちをついたおかげで、何とか避けられた・・・・

だが、男はまたバットを振りかぶった。

俺は、死に物狂いで逃げ出した。

正直に言うと、この辺りから記憶が少し曖昧だ。

どうやって逃げ出したのかよく覚えていないが、とにかく逃げた。

一つはっきりと覚えているのは、俺を襲ってきた男が呟いていた言葉が

「正義」

だったということ。

逃げ出すときに、たしかに聞こえたのだ。

「正義ーー!」

正義のために俺を襲ったというのだろうか。

・・・・意味が分からない。

俺は、明け方まで草むらに身を潜め震えていた。

辺りが明るくなったころに、寝袋まで戻ってみると、もう誰もいなかった。

荷物はそのまま放置していたから、金目の物を盗られたかと心配したが、何も盗られていないかった。

あの男が何をしたかったのか、全く分からない。

一応、その後調べてみた。

S県で「浮浪者が襲われる」などのニュースがないかどうかをチェックしたが、そんなニュースは無かった。

初めての一人旅で、こんなにまで怖い思いをしてしまったのだ。

その後は、二度と野宿をすることも一人で遠出することもなくなった。

あのとき、偶然起きていなかったら、俺は今頃この世にいなかったかもしれない。

そう考えると、今もトリハダが止まらない・・・・

寝袋は、今も押し入れで埃をかぶったままだ・・・・

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