これは、ある年の冬に経験した話。
今までほとんど人に話したことはない。
話しても信じてもらえないからだ。
でも、俺の右腕には今もそのときの歯形がくっきりと残っているんだ。
10年前、当時付き合っていた彼女と街をプラプラしていた。
すると、俺の携帯が鳴った。
液晶を見てみると彼女の友達Aからだった。
俺は、Aに恩がある。
なにせ、彼女(恋人)と付き合い始めたきっかけが、Aなのだ。
Aが彼女を紹介してくれて、付き合うことになったのだ。
そのAから俺の携帯に着信があったわけだ。
「もしもし?今、優子(彼女の名前)と一緒だぞ。」
「もしもし?あっ、優子ちゃんと一緒なんだ?ちょうどいいや!ねえ、今から二人でうちのそばに来てよ。」
「なんだよいきなり?」
「私今、とにかく暇でさ!うちのそば、海もあるし、二人のデートにちょうどいいでしょ?」
「お前がこっち来いよ!」
「私、全くお金ないんだよ。電車賃ないの!」
そんなこと自慢げに言われても困る。
俺は、彼女の意見も聞いてみた。
彼女が、行っても良いということなので、これからAの指定する場所に二人で行くことになった。
電車で、Aの住む駅まで向かう。
この駅で降りるのは、俺も彼女も人生初だ。
こんな辺ぴなところ、知り合いが住んでいなければ絶対来ないだろう。
というか、本当にこんなところに海なんてあるのだろうか。
確かに地図上は、海の近くではあるけれど、駅を降りた感じからして海と言うより山といった感じだった。
まあ、いいや。
二人でAの指定する場所を目指して歩く。
だが、行けども行けども、どんどん人気のない道に進んでいく。
本当にこっちであっているのか不安になってくる。
俺は、Aに電話してみた。
「もしもし?」
「いまどこ?」
「そっちに向かってるよ。つーかさ、今○○ってところにいるんだけど、こっちであってるのかよ?」
「○○?どこそこ?」
「は?だって、お前が指定してきたんだろ?」
「私もこの辺り詳しくないんだよ。でも、たぶんそこであってると思うよ。とにかく、もっとそばに来たら、連絡して!」
そう言われて、電話は一方的に切られた。
もうたくさん歩いて、足も疲れてきた。
彼女は、足の疲れよりも寒さがつらいと言っている。
くそ、Aの奴。
どれだけ田舎に住んでるんだよ・・・
つーか、だんだん山道に入ってきたし。
こんなところに、人が住んでるのだろうか。
俺たちは、山道をひたすら進む。
寒さで不機嫌な彼女をなだめるため、いろいろ気を使ってきたがそろそろ限界だ。
少し休むか。
俺たちは、ちょっとした広場のような場所を見つけ、そこで休憩をとった。
この広場は人工的なものではないと思われた。
おそらく、山に自然にできた空間だ。
もちろん、ベンチなどの気のきいたものなどない。
本当は座って、ジュースでも飲みたいのだが。
先ほどから俺は、喉が渇いていた。
こんな場所に自販機もないだろう。
「ちょっと、自販機探してくるね!」
俺の心が通じたのか、彼女が何か飲み物を探しに行ってくれた。
・・・・・
・・・・遅い。
もう5分以上、彼女は帰ってこない。
道にでも迷っているのだろうか。
俺は、彼女の携帯に電話してみた。
・・・・電波が届かない。
くそ、この辺りはどれだけ田舎なんだ。
だんだん、こんな辺ぴな場所に連れてきたAのことが憎たらしくも思えてくる。
10分待っても戻ってこない彼女。
心配した俺は、彼女を探すことにした。
10分間動かなかったのにも理由がある。
以前、山で遭難したときはウロチョロするより、じっと動かずいた方が救助隊に発見してもらいやすいと聞いていたからだ。
俺がウロチョロと動き回ってしまうと、彼女がここに戻ってきたときに困ると思ったのだ。
・・・・・・・
・・・・いろいろと、探してみたが、見つからない。
あれ。
いま、彼女が見えた気がした。
山の中に、廃車が転がっている。
その廃車の陰に、彼女らしき人影を見たのだ。
あんなところで何やってるんだろうか。
「おーい、心配したぞ。」
声をかけても反応はない。
俺は、廃車に近づいた。
車のそばまで来てみると、彼女の姿はなかった。
おかしい。
先ほど人影を見た気がしたのだが。
車の周りをぐるっと一周しても、誰もいない。
見間違いだったのだろうか。
すると、そのとき運転席のドアがひとりでに開いた・・・・
彼女は、車の中にいるのだろうか。
俺が運転席の方へ回り、ガラス越しに中を見た。
車の中は異常に暗くてよく見えない。
だが、確実に中には誰かがいるようだった。
ガサゴソと音もする・・・・
汚そうで抵抗があったが、俺は車の中に入ってみた。
中に入っても、暗くてよく見えない。
時刻は夕方でそろそろ日が沈むころだったが、それにしてもここは暗すぎる。
携帯のカメラのフラッシュ機能を利用し、辺りを照らしてみると誰も居な・・・くない・・・・
一瞬、誰もいないかと思った。
でも、そこにはいたのだ・・・
人間ではない、奇妙な生き物が。
体長は、20センチくらいだろうか。
いいや、30センチくらいあるのだろうか。
正確な大きさは分からないが、とにかく異常な小ささの人だった。
人と言って良いのかは分からない。
顔は人と言うより、鬼のイメージに近いかもしれない。
顔は、目がギュッと吊り上がっていて、口が顔の割合からしてかなり大きかった。
口には牙があった。
目の吊り上がった印象と、口の大きさと牙のことは特徴的で覚えているが、他は覚えていない。
もう、そんなサイズの人が存在することにびっくりしてしまっていた。
また、顔が鬼のような形相だったことで、俺は一瞬で怯えてしまった。
怖くて声も出せない・・・
こういうときは、どうすればいいのだろうか。
急いで逃げた方がいいのだろうか。
それとも相手を刺激しないように、そっとその場を去った方がいいのだろうか。
そんなことを考えていたときだった。
その小人のような生き物は、俺の腕に噛みついてきたのだ!
「ききいいぃぃーーーー!!」
おかしな奇声を上げて、俺の腕に噛みついてくる。
俺は、とにかく叫びながら、その小人を引きはがそうとした。
きっと、アドレナリンが出まくりだったのだろう。
その瞬間は痛みを全く感じなかった。
その小人、小さいくせに異常な力で剥がれない。
噛みつくというよりも吸い付くというような感じで、とにかく離れない。
なんだか、血を吸われているような感覚だ。。。。
この感覚は、もしかするとその場の恐怖心から俺自身が作り出した錯覚みたいなものかもしれない。
でも、そのときは「こいつ、俺の血を吸っている!」と感じてしまった。
俺はまさに命がけだった。
携帯を持った手で、小人を何度も何度も殴打した。
もう、暗さとパニックでよく分からない状態の中、暴れに暴れた。
そして、気が付くと車外に飛び出していた。
そのときには、小人は腕から離れていた。
でも、どこに行ったのか分からない。
車の中にまだいるのだろうか。
それとも、俺の背中や足に潜んでいるのだろうか。
もう、無我夢中で走った。
走って走って、ようやく先ほどの広場のような場所まで戻ってきた・・・・
そこに彼女はいた。
ジュースを飲みながら座っていたのだ。
そして、俺のことを見て言った。
「もう、どこ行ってたの?・・・・どうしたのっ?!その傷っ!?」
俺は、彼女を見たときに情けないことに泣いてしまった。
・・・・パニック状態だったのだが、彼女の顔を見てやっと安心できたのかもしれない・・・
・・・・少し落ち着くと、俺は彼女に今あったことを話した。
話し終わり腕を見ると、小さな肉食獣にでも噛まれたような歯形がくっきりと残っていて、ずいぶんと血が出ていた。
今はとにかく、水で洗い流したかった。
その後、その傷口はずいぶん腫れた。
毒にでも侵されたかと心配しながらも、病院へは行かなかった。
彼女は、泣きながら病院へ行くことを強くすすめてきたが、行きたくなかったのだ。
「小人の吸血鬼に噛まれた。」
なんて医者に説明したら、危ない薬でもやっているのかと通報されそうだと思ったのだ。
もちろん、薬なんてやっていないが、真面目ではなかった当時は俺は、痛くない腹を探られるのが嫌だったのだ。(主にスロットで生計を立ててたもので)
1か月ほどで、傷はだいぶ回復してきた。
ただ、10年経った今も傷跡がはっきりと残ってしまっている。
あの謎の生命体は、いったい何だったのだろうか。
宇宙人なのか、新種の生き物なのか、鬼なのか・・・・
ちなみに、あの日は結局Aとは会えなかったし、このことが原因で縁も切れてしまった。
終わり