前回→奇妙な話「ストーカー」
私はパニックになりながらも、防犯ブザーの栓を引き抜いた。
実家の母から持たされていたものだ。
ビビビビーーーーーーー
すさまじい音が、あたりに響き渡る。
同時に、私を羽交い絞めにしていた力から解放された。
私は、後ろを振り向かずにとにかく走った。
振り返ることが怖かったのだ。
アパートの前でやっと振り返ることができたが、誰もいなかった。
もうその日は怖くて、しばらく寝付けなかった。
次の日の朝。
珍しく例の中年男性と顔を合わせることがなかった。
おかしなこともあるものだ。
次の日も、その次の日も顔を合わせることはなかった。
襲われた日から10日ほど経っただろうか。
朝私がアパートを後にすると、突然声をかけられた。
「おはようございます。」
声のほうを見ると、あの中年男性の姿が立っている。
私はいつもどおり挨拶を返したが、男性はなんとなくソワソワしていたように見えた。
そして、私は普段の生活に戻った。
男性とは毎朝顔を合わせ、そして私の行く先々でも顔を合わせる。
もう気にするのはやめた。
気にしだすと疲れるのだ。
しばらくしてから、私には彼氏ができた。
バイト先で一緒に働いていた人なのだが、プロの格闘家でもあった。
格闘技だけで食べていくことができずに、バイトを掛け持ちしている男性だ。
この話で、本当に奇妙なことはここからだ。
私に彼氏ができてからというもの、あの中年男性とは会うことはなくなったのだ。
朝アパートの前で顔を合わせることもなければ、行く先々で会うこともなくなった。
この一連の奇妙な話を彼氏にしてみると、彼氏は少しためらってからこう言った。
「実はさ。お前と付き合うようになってから、変な嫌がらせをされるようになったんだ。家の鍵穴にガムが詰め込まれていたり、郵便受けに生ごみが捨てられていたりさ。で。ある日、人ん家の前で、こそこそしているオッサンを見つけてさ。うちの郵便受け覗いてんだよ。俺、そのおっさんを、いろいろ問い詰めたんだ。でも、何を聞いてもシラを切るもんだからさ。頭にきて、1発本気のローキックを入れちまったんだ。そしたら、泣いて謝ってきたよ。今まで申し訳ありません、もうしませんってさ。それ以来、嫌がらせもなくなったんだ。もしかすると、すべての話がつながってるのかもな。」
彼氏に嫌がらせをした人と、私がよく顔を合わせていた中年男性が同一人物である確証はありません。
でも、どうにも引っかかることが多い奇妙な話なのです。
あの人は、ストーカーだったのでしょうか。
終わり