前回→実話・南千住の怪談
深夜の2時近く、着物を着た女性がこんなところで何しているんだろうか。
不思議に思ったものの、それほど気にしなかった。
疲れていて、それどころではなかったのかもしれない。
すると、真後ろで声がした。
俺はきっと、ビックッとなってしまったと思う。
振り返ると、先ほどの着物の女性が立っていた。
小さな声で俺に話しかけてきたのだ。
俺と女性の距離は10メートル以上は離れていた。
それを確認したのはわずか数秒前だったのだ。
足の痛い俺は、確かにゆっくり歩いていた。
でも、進んでいたのだ。
女性が走れば別かもしれないが、10メートルの距離を数秒で縮められるものだろうか。
しかも、物音は一切しなかったのだ。
と、ここまで冷静な分析はあのときの俺はできなかった。
だが、少し不気味さは感じていた。
女性は小さな声で、俺に聞いてきた。
「コヅ・カ・×××・・じょ・どこですか?」
どうやら道を尋ねているようだった。
コヅカなんとかという場所に行きたいらしいが、よく聞き取れない。
仮に聞き取れても、俺は東京の人間じゃないため答えられない。
「あの、すみません。俺、この辺の人間じゃないんすよ。」
俺がそう言い終わるか終わらないうちに、女性はさびしそうな顔をして返事をした。
「わ・かりました・・・」
これまた、小さな声だった。
俺は、再び歩き出しながら考えた。
少し冷たかっただろうか。
もうちょっと親切にした方が良かっただろうか。
たとえば、一緒に場所探しりすべきだったのではなかろうか。
真夜中、道に迷って困っているのかもしれないのだ。
最後に女性の見せたさびしそうな顔を思い出して、罪悪感を感じてしまっていた。
「うん、今からでも遅くはない。一緒に探してやろう。」
そう思って、俺は振り返った。
だが、そこに女性の姿はなかった。
俺が前を向いていたのは、せいぜい10数秒だった。
その間に忽然と姿を消した女性。
あたりを見渡したが、曲がり角もなければ、身を隠す場所もない。
俺は全身に寒気を感じた。
どこに消えたというのだ。
足の痛みや疲れは吹き飛んでしまった。
とんでもない恐怖感に襲われてしまった。
そのまま、走って家に帰った。
家に帰り着いた後も、しばらく震えが収まらなかった。
女性に何をされたわけでもない。
だが俺は恐怖を感じてしまったのだ。
その後、あの女性と会うことはない。
俺が10年前に体験した話だ。
終わり